CHISOU

VOICES

まずは社会教育としての共有空間を

Writer: 西尾美也

河野良文&小山田徹|お寺にみる、拠り所としての共有空間

お寺は本堂だけでなく門を入ったら仏の体内という考え方だと河野さんが教えてくれた。これは小山田さんの言う「空間を獲得する感覚」の一種の手法だと思った。「一緒に暮らすことで自然と混ざっていく」「共有される具体的なものは想定されていない」「愛が芽生える空間」「はらっぱ」「自発的な遊びを発見するちょっとした仕掛けがあればいい」。共有空間の特徴について、小山田さんはこのようなキーワードで語っていた。レクチャー会場になった大安寺は歴史がありながらも半分私的で半分公共のような、まさに共有空間だというお話だったのだが、場所も歴史も全然違うのに、僕はこのレクチャーを会田大也さんによるコロガル公園の解説文そのものだなぁと思って聞いていた。そう言えば、会田さんも小山田さんも現在の教育に触れ、「結果を早く求めすぎ」「もっと遅い教育を」と口を揃えていた。これはもちろん学校教育に対する指摘であり、学校教育に共有空間の概念がもっと取り入れられていくことを期待したいが、大安寺からコロガル公園までを視野に入れると、それを待たずともできることがあると教えられる。たとえば社会教育の中で、共有空間を守ったり、見出したり、新しく作ったり、いかようにもできる可能性があること、そして、そのようにして子どもたちに遅い教育を提供していくことが大人の重要な責任のひとつなのだと実感した。

  • Update: 2020.10.05 Mon.

PROFILE

西尾美也

1982年奈良県生まれ、同在住。美術家/奈良県立大学准教授/CHISOUディレクター。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目したプロジェクトを国内外で発表。近年は公共空間へアプローチを行う大規模な作品に取り組む。奈良市アートプロジェクト「古都祝奈良」ではプログラムディレクターを務めている。

REFERENCES

講座について

LECTURE OUTLINE

  • ラボメンバーコース
  • ゲストコース

河野良文&小山田徹

お寺にみる、拠り所としての共有空間

2020年9月26日(土) 16:00–19:00

※荒天の場合は翌27日(日)同時刻

大安寺

古来より祈りと学びの空間として地域の精神的支柱でありつづける大安寺の河野良文貫主と、カフェや焚き火など人びとが集う共有空間の開発を手がけてきた美術家の小山田徹さんにお話いただきながら、まちの中でさまざまな背景をもつ人びとが出会い、語り合い、互いの存在について認め合う場のあり方について読み解きます。

河野良文
大安寺貫主

1951年福岡県生まれ、奈良県在住。15歳で高野山に登り仏門に入る。1985年より大安寺に入寺し現在に至る。南都七大寺のひとつに数えられる大安寺では、地域の様々な人にとって祈りや瞑想、交流の場として境内の庭を開放している。

小山田徹
美術家/京都市立芸術大学教授

1961年鹿児島県生まれ、京都府在住。1984年、大学在学中に友人たちとパフォーマンスグループ「ダムタイプ」を結成。主に企画構成、舞台美術を担当し、国内外で数多くの公演に参加。1990年より様々な分野の友人たちと造形施工集団を作り共有空間の開発を行う。