VOICES
そうせざるを得ないという切実さ
Writer: 西尾美也
岡井崇之|地域のイメージは誰のものか
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Writer: 西尾美也
岡井崇之|地域のイメージは誰のものか
行政広報やマスメディアによる地域イメージを批判的に捉えることで、たとえば誰もが地域に愛着を持つことを重視したコミュニティ・メディアが生まれる。そうしてコミュニティ・メディアの有効性が確認されると、「誰もが地域に愛着を持つ」ための機会を提供する仕組みがさまざまに発案され、実践される。たとえばデジタルストーリーテリングもそうした仕組みのひとつだろう。そうすると、みんなで「何かをやってみる」式の表現があふれることになり、時にそのことに個人的に嫌悪感を覚えることがある。
このことは、芸術系の学部・学科のない奈良県立大学で「創作演習」なるものを担当する中で感じてきたことにも似ている。一般の学生が、論文ではない方法でアイデアや思考を形にするプロセスに教育としての可能性を認めつつ、その実践が「単にアイデアを形にしてみた」というユーチューバー的/エンタメ的なお遊びに終わってしまうこと、あるいは学生の中での気づきにはなるものの表現としての強度がきわめて弱いということが少なくないからだ。
こうした「何かをやってみる」式と対照的なものとしては、やはりアーティストの表現がある(アーティストにも「何かをやってみる」式のセンスや積み重ねで表現の強度を持たせることに成功している人もいるが)。
アイデアについて、発想することはもちろん自由だし、アーティストのアイデアが天才的・独創的なものとは全く思わない。同時代を生きる人たちから似たようなアイデアが出てくるのもむしろ自然なことだと思う。ただ、「何かをやってみる」式のものとアーティストの表現との間には、どうしても同一視できない圧倒的な差がある。それは、なぜそれをやるのかという動機の部分である。アイデアは似ていたり、学生も考えるかもしれないことを、アーティストはhobbyでもjobでもなくworkとして、つまりそうせざるを得ないという切実さを持って実践する。なぜこの人はこんなにこのことに真剣なのか、取り組み続けるのか、という部分。そこに圧倒的な作品のリアリティがある。
同じように、相馬市伝承鎮魂記念館に掲示される持ち主不明の写真は、それを見つけた人がそうせざるを得ない行動として掲示している切実さが伝わってくる。あるいは、不慮の事故や事件に巻き込まれて大切な人を失った遺族が、署名や講演などを通して一生活動するという姿も、そうせざるを得ないものとして圧倒的な説得力を持って人びとに伝わる。あるいは、藤浩志さんから聞いた話では、秋田の田舎の方で、ある人が生活の記憶をずっとノートに書き綴ったものが出てきたという。1970年くらいから、60歳を過ぎてから書き始めている。それまでは仕事が忙しかったのと、家族の中でも昔のことを書くのが許されていなかったのだろう。古いものがどんどん戦後新しくなって古い風習が恥ずかしくなってきた、昔はこうだったということに価値がなくなっていった時代。年をとって60歳を過ぎてから残さなければと切実な思いで筆を運ばせたことが想像できる。
そうせざるを得ないものというのは、このように「忘却されたもの/放っておくと忘却されるであろうもの」を必然的に内包している。そこに記憶メディアとしての強度があると考えれば、CHISOUのアーカイブは、そうした個々の「切実さ」が問われているような気がする。
PROFILE
1982年奈良県生まれ、同在住。美術家/奈良県立大学准教授/CHISOUディレクター。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目したプロジェクトを国内外で発表。近年は公共空間へアプローチを行う大規模な作品に取り組む。奈良市アートプロジェクト「古都祝奈良」ではプログラムディレクターを務めている。
LECTURE OUTLINE
岡井崇之
2020年10月25日(日) 14:00–16:00
メディア研究という切り口から社会の仕組みや問題を考察する岡井崇之さんをお招きし、観光政策や地方創生のもとでつくられる地域イメージを解き明かすことで、地域で企画を実施する際に必要な批評的視点を学びます。
1974年京都府生まれ、大阪府在住。メディア研究をもとにメディア言説と社会変容/身体に関する諸問題の社会学的研究を行う。近著に『基礎ゼミ メディアスタディーズ』(共編著、世界思想社)、『アーバンカルチャーズ──誘惑する都市文化、記憶する都市文化』(編著、晃洋書房)など
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