CHISOU

VOICES

名づけえぬものとしてのアートプロジェクトの価値―「美術は教育」プロジェクト研究計画

Writer: 西尾美也

小林瑠音|アートプロジェクトとは何か──歴史・論点・アーカイブ

 1990年代後半から増加した日本におけるアートプロジェクトは、作品展示にとどまらず、同時代の社会の中に入り込んで、個別の社会的事象と関わりながら展開される活動と定義される。近代までの芸術が、「作り手と受け手の固定した関係性」「批評や美術館による作品の特権化」「作品の市場化(モノとしての流通)」という特徴をもつとすれば、アートプロジェクトは、「作り手と受け手という関係図式の変容」「批評や美術館での特権化からの解放」「市場化への抵抗(モノからコトへ)」をその特徴にしている。つまりアートプロジェクトは、現代アートが常にそうであるように、これまでの芸術のあり方に異議を唱える「反芸術」の立場から実践されてきた表現形態のひとつである。
 実践者の立場からすれば、芸術作品が市場化されるアートマーケットやアートワールドからの「逸脱」を手法や目的として、人間社会や自然環境の中で表現行為を行うことになる。ある人間・環境に寄生的に介入することで、実践者が目標にするのは、人々の習慣や常識、制度化された知などを「内破」して、これまでのいずれの分野の評価軸からも逸脱した「名づけえぬもの」を生み出すことである。しかし実際には、そうして実践されたものが写真や映像などのメディアによって作品化(表象)されると、それが新しいアートや新しい音楽、新しいファッション、新しい〇〇……、として既存分野に回収されてしまうという現状がある。そして、アートプロジェクトは、そのように「多様な可能性」に開かれたものという点が評価されることになる。
 実践者主導によるアートプロジェクトが現れる一方で、2000年代以降、バブル経済の崩壊による長い経済不況と、少子高齢化・人口減少で衰退した地方都市に再び活気を与えることを目的に、ミュージアムやホワイトキューブではない場所を積極的に活用して行われる大小の芸術祭が日本国内で多数実施されるようになった。この場合、主催者の多くは地方自治体であり、アート作品の質だけではなく、地域における経済効果や賑わい創出が評価の基準になることが多い。そこでは、アートプロジェクトの「普及」版とでもいうような表現が目立っている。こうした催しとそこで作られる作品を「地域アート」と名付け、アートプロジェクトがカウンターとして提示された時には斬新であったとしても、このままでは「地域を活性化するもの」こそが「現代アート」であるというふうに、定義の方が変化していくと指摘する批判もある。
 このように自ら制度から逸脱したり、他の目的に容易に回収されやすいことから、現代アートとしての批評や言説の蓄積がないということもアートプロジェクトの課題として指摘される点である。始まりから30年ほどが経ち、「反芸術」としての価値の期限が過ぎてしまったように思える今、考えるべき重要な課題は、実践者らが「名づけえぬもの」を目指して実践してきたアートプロジェクトの手法や考え方を、「多様な可能性」や「普及」として語るのではなく、「名づけえぬもの」として語る理論的枠組みを構築し、それが実際に社会の中でどのように機能し、どのような社会的価値を持っているのかを明らかにすることではないかと考えた。
 これから筆者が着手しようとしている「美術は教育」プロジェクトでは、脱美術館的=脱権威的な活動としてのアートプロジェクトの最終目標を、すべての人が創造的である状態に向けて働きかけることだと仮定し、その教育としての可能性と課題を明らかにすることを目的とする。具体的には、日本の大学やオルタナティブな教育機関、アートプロジェクトによる教育の実践者を対象とした先行研究整理と情報収集、インタビュー調査、参与観察調査を行い、アートマーケットやアートワールド、あるいはまちづくりや地域振興といったわかりやすい目的に回収されないアートプロジェクトの価値について言説化することを目指す。中村政人の『美術と教育』(1997)、『美術の教育』(1999)、『美術に教育』(2004)に次ぐ、『美術は教育(仮)』として刊行する計画である。これもまたアートプロジェクトのアーカイブとなるだろう。

  • Update: 2020.11.20 Fri.

PROFILE

西尾美也

1982年奈良県生まれ、同在住。美術家/奈良県立大学准教授/CHISOUディレクター。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目したプロジェクトを国内外で発表。近年は公共空間へアプローチを行う大規模な作品に取り組む。奈良市アートプロジェクト「古都祝奈良」ではプログラムディレクターを務めている。

REFERENCES

講座について

LECTURE OUTLINE

  • ラボメンバーコース
  • ゲストコース

小林瑠音

アートプロジェクトとは何か──歴史・論点・アーカイブ

2020年11月14日(土) 14:00–16:00

CHISOU lab.

英国の文化政策やコミュニティアート史の分野において研究を行う小林瑠音さんをお招きし、国内外のアートプロジェクトの歴史や、アートプロジェクトと関わりの深いキーワード・論点を整理しながらアートプロジェクトのアーカイブのあり方について考えます。

小林瑠音
文化政策/奈良県立大学客員准教授

1982年京都府生まれ、兵庫県在住。英国の文化政策、コミュニティアート史の分野において研究を行う。いわゆる「アート」の存在が前提とされていない環境においてアートとコミュニティが遭遇していく、そのプロセスと社会的インパクトに関心をもつ。