CHISOU

VOICES

全体性としてのアート

Writer: 西尾美也

三浦雅之&ラナシンハ・ニルマラ|農による自給的生活文化の継承と創造

三浦さんは三つの組織を運営し、それらを有機的につなげながら独自の事業を展開している。その事業スキームが美しい。NPO(調査研究)と農業協議会(生産)、農家レストラン(活用)のトライアングルで、それらの中心に「伝統野菜で地域活性化」という一貫したテーマがある。「地域活性」という言い方自体に魅力を感じたことはこれまでなかったけど、それは表層的なものを扱う事例しか知らなかったから、ということがよくわかった。三浦さんの取り組みは、自然と人、地域と人、人と人、人の外側と人の内側をつなぐ、本質的な地域活性だった。また、「清澄の里 粟」の環境は、屋号の「粟」のコンセプトである、「あ:はじまり」と「わ:調和」が、見事に体現された場だった。田の神様、在来種のヤギ、一年中ほとんどずっと一緒にいるという陽子さん、室内に入ってくるハチ、テーブルに並べられた伝統野菜、野菜アートの冊子、柿の木、見渡せる風景、畑、そして三浦さんの人柄、すべてがはじまりのようであり、調和のようであるもの。この全体性は、まさに「アートなるもの」だと感じた。これを目の当たりにすると、「アートで地域活性化」というのは言い方として成立しないことがわかってくる。このレポートにあたって、三浦さんの事業スキームをアートに応用できないかと少し考えてもみたけど、どうもしっくりこない。三浦さんが提唱する「自給的生活」は、三浦さんの実践する食だけでなくても、エネルギーや住屋、学び、ナリワイ、健康、助け合いなどを入り口にすることもできるという。それは、税金やサービス料を支払うことでこれまで他者に委ねてきたことを、自分たちに取り戻すことと言えるだろう。それが豊かさと幸せにつながる。これは多くのアートプロジェクトと共鳴する考え方である(そもそもアートプロジェクトは脱近代を試みる表現形態なので)。「自給率」という切り口で見たときに、「アートの自給」というのも考えては見たものの、やはりこれも言い方として成立しないことがわかる。アートは手段でも目的でもなく、豊かさと幸せに向かうやり方(これが何であれ)の全体性の中に立ち現れる現象のことではないだろうか。

  • Update: 2020.11.05 Thu.

PROFILE

西尾美也

1982年奈良県生まれ、同在住。美術家/奈良県立大学准教授/CHISOUディレクター。装いの行為とコミュニケーションの関係性に着目したプロジェクトを国内外で発表。近年は公共空間へアプローチを行う大規模な作品に取り組む。奈良市アートプロジェクト「古都祝奈良」ではプログラムディレクターを務めている。

REFERENCES

講座について

LECTURE OUTLINE

  • ラボメンバーコース

三浦雅之&ラナシンハ・ニルマラ

農による自給的生活文化の継承と創造

2020年10月28日(水) 14:00–16:00

清澄の里 粟

奈良の中山間地である清澄の里で、在来作物の調査研究・栽培保存に取り組む農業家の三浦雅之さんに「Project 粟」についてお話いただきながら、地域に根ざすプロジェクトを通して世代とコミュニティをつなぐ自給的生活文化の継承と創造について読み解きます。また、コメンテーターとして、スリランカの在来資源の価値を掘り起こす取り組みについてフィールドワークしている観光社会学者のラナシンハ・ニルマラさんをお招きします。

三浦雅之
農業家/株式会社「粟」代表取締役

1970年京都府生まれ、奈良県在住。1998年より奈良県内の在来種の研究や栽培保存を始め、2002年に大和の伝統野菜の発信拠点、地域の交流の場として農家レストラン「清澄の里 粟」を開業。大和の伝統野菜の第一人者として第6次産業による事業に取り組んでいる。

ラナシンハ・ニルマラ
観光社会学/奈良県立大学専任講師

1983年スリランカ生まれ、奈良県在住。観光社会学、南アジア地域研究を専門とし、主に地域社会の独自性と主体性を重要視しながら、観光を活かした地域活性化や持続可能な開発を研究している。JICA奈良デスクと協力して、SDGsへの認識を高めるための活動も行う。