CHISOU

VOICES

「この世界に存在しているあらゆるものは全て等しい」を求めているのか。

Writer: 渡邉ゆかり

西山厚|〈奈良〉の信仰と美術──歴史はすべて現代史である

「この世界に存在しているあらゆるものは全て等しい」まさに今の時代が、理解すべき言葉だろう。世界では Black Lives Matterや、SDGsゴール5の「ジェンダーの平等を実現しよう」といった、人間が生きる上での尊厳について改めて問われている。しかし、なぜか日本に住む多くの人たちの中で、人権平等をうたい変革を起こそうという気配は感じられない。むしろ、「女性が活躍しする社会を!」「女性にもっと機会を!」とか発するとフェミニストと呼ばれたり、人権運動好きな人みたいな、なんだか何歩か引かれて見られている感じが拭えない。(そもそもフェミニストの言葉が一人歩きしているとも思うが…)以前、ニュージーランドの首相ジャシンダ・アーダーン氏はあるインタビューで「女性であることが障害になったことは今までにない」と話していた。このコメントを聞いた時、とても羨ましく思った。というか、そんな事があるのか!?と。

滋賀の田舎に引っ越して3年、男女が任されていることの違い、できることの違いに驚いた。一番は、祭の場面。関東生まれ関東育ちの私は夏になると神輿を担いでいた。しかし、こちらでは男が担ぎ、女が男達の世話をする。世話というのは、町内の男達のご飯の準備を準備し、ふるまい、酒を注ぐ。私はここの土地にいたら一生神輿は担げない。こうやって何百年も続く祭を繋いで来たことは十分理解できる。実際に、滋賀県の男女の地位に関する意識調査(「令和元年度男女共同参画社会づくりに向けた県民意識調査」より)にて、社会全体で見ると男性の方が優遇されていると答えた人が72.7%である。しかし、本当に女性は平等を求めているのか。限界集落まで危機的状況になれば、変革をせねばならぬと一歩を踏み出すが、事足りるちょっとした田舎では生活に困ることはないから、変化を求めないだろう。さらに国によっても優遇や平等の尺度が違う。「この世界に存在しているあらゆるものは全て等しい」と切に願うが、私も日本の空気に洗脳され「どうせ世界を変えられない」と諦めているのかもしれない、とこの文章を書きながら思った。

  • Update: 2020.09.05 Sat.

PROFILE

渡邉ゆかり

私は、伝統工芸/産業の職人とプロジェクトをしています。職人は何百年も続く技術を自分のものとし、見えざる哲学を自身に構築し、世界に誇る作品をつくり続けています。しかし、多くの人は生まれ育った地域のことに興味を持ちにくい傾向があり、自分の地域のものづくりのことをあまりよく知らない、といった現状があります。伝統工芸は過去のものではないのです。地場のものが、きちんと地域住民に認知され、応援される状況ができれば未来に続きます。そのための手法を知り、更に、伝統工芸と職人のアーカイブ手法の可能性を探りたいと思っています。

REFERENCES

講座について

LECTURE OUTLINE

  • ラボメンバーコース
  • ゲストコース

西山厚

〈奈良〉の信仰と美術──歴史はすべて現代史である

2020年8月30日(日) 14:00–16:00

CHISOU lab.

仏教美術史の第⼀⼈者で、奈良国⽴博物館名誉館員の⻄⼭厚さんをお迎えし、かつて⼤陸との間で⼈的・物的交流が頻繁に⾏われる中、疫病や天災、争乱など困難な出来事を経て育まれてきた奈良の⽂化芸術に焦点をあて、地域のコンテクストを現代史的視点から読み解く⽅法について学びます。

西山厚
仏教史・仏教美術史/半蔵門ミュージアム館長/帝塚山大学客員教授

1953年徳島県生まれ、奈良県在住。奈良国立博物館の学芸部長として「女性と仏教」など数々の特別展を企画。現在は半蔵門ミュージアムの館長を務める。奈良と仏教をメインテーマに、人物に焦点をあてながら、様々なメディアで生きた言葉で語り書く活動を続けている。