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ジェームズ・ムリウキ 往復書簡プロジェクト「Round-trip Letters」1-1 from ジェームズ・ムリウキ

Editor: ジェームズ・ムリウキ プロジェクトメンバー

ジェームズ・ムリウキ 往復書簡プロジェクト「Round-trip Letters」1-1 from ジェームズ・ムリウキ


プログラム2「表現編」の招聘アーティスト/キュレーターである、ケニア在住のジェームズ・ムリウキとオンラインで展開する往復書簡プロジェクト「Round-trip Letters」。当初は奈良でフィールドリサーチやレクチャーの実施を予定していましたが、新型コロナウイルスの感染拡大により渡航・入国が困難となっている現在、遥か遠くに暮らすジェームズに、ケニアの状況や今考えていること、プロジェクトの構想について手紙にしたためてもらい、プロジェクトメンバーと文通を行いながらプロジェクトを遠隔で進めていくことになりました。初回となる今回は、ジェームズからの手紙を公開します。

昨年、2019年の終わり頃、世界が2020年に経験することになるシナリオを想像できた者はいるだろうか。多くの人は自分なりに社会構造を規定し、その規定した社会構造のなかで、予測に基づいて、短期であれ長期であれ確実そうな未来の判断をしている。世界は多かれ少なかれ計画的なリズムで動いているように思えるが、自然的であれ恣意的であれ、常にほんの小さな疑念や不測の事態が存在する。対抗して挑んでくるようなものは望ましくないものとして一般的な期待に沿うように曲げられてきたのだが、これこそが世界が寄りかかってきた快適な状態であった。

Towards the end of last year, 2019, no one could have ever imagined the scenario the world finds itself in 2020. Many had set themselves structures and within structures that have and are established, based on projections and calculated near certainty of a future, immediate or long term. In as much as this is a deliberate rhythm that the world seems more or less to operate on, there is always a small window of doubt and accommodation of eventualities, be it natural or otherwise. This is what has been the comfort that a world has ridden on and anything that comes to counter or challenge that has been unwelcome and curved to fit into the general expectation.

創造的な実践もこの例外ではなく、私にもそれなりの苦闘があったことをここで認めなければならない。計画された必然的なことが無く、示された道が私には無いかもしれないのだが、私は何度も確信が失望や不安の主な源泉になりうることを前提としてきた。創造的な実践は、生活上の他ジャンルの実践とは切り離すことができないし、そうしてはいけないのだが、前もった企画や行動計画の提案を要するという特質をもっている。なぜなら、そのような実践は、多くの他のロジスティックで社会的な諸相、すなわち財務計画や公共的関与(ギャラリーやミュージアムなど)、スケジューリング、政府もしくは非政府組織の方針、個別であれコレクティブやアソシエーションであれアーティストの個人的な取り組みなどに拠っているからこそ、まさしくそうなのである。たくさんの人がこのような関係性を当たり前だと思うことが多々あったのだが、今となっては創造的な実践に関わるあらゆることが、ネットワークのつながりによって動いていることに気づくようになった。

The creative practices are not an exception to this, and I must admit I have had my share of struggles here. I have many times postulated that certainty can be a great source of disappointment and anxiety despite that I may not have a proposed pathway devoid of the planned certainty. The creative practices, even though they can not and must not be divorced from the other genres of practice in life, have their share of attributes that require advanced planning and proposed action plans. This is most so because they are dependent on many other logistical and social aspects – financial planning, public engagements including, galleries, museums etc scheduling, government and non governmental policies, individual, collective and association of artists personal engagements etc. It has often been that many take these extra relationships for granted, yet this time round we have come to realise what a connected network everything operates from.

ケニアで新型コロナウイルスの感染が初めて確認されたとき、私はGoDownアーツセンターが毎年主催している企画展「Manjano」の設営をしている最中だった(ここ数年ほど私はこの展覧会の仕事を引き受けてきた。)そのニュースはケニアに衝撃を与えたのだが、それが起きるかどうかではなく、いつ起きるかが問題だと以前から言われており、みんながその瞬間を待ちかまえていた。パニックが広まり、ひと昔前と同じようにロックダウンに備えて自分自身と家族のために誰もが半狂乱で買いだめに走った。しかし、私が暮らす都市部では、日雇いで貯蓄が無いため、買いだめをする余裕のない人も多かった。アーティストや文化芸術企画者の多くが、まさにこの類の人々であり、切迫した事態になることは明らかだった。私自身も含めて、アーティストの中にはリサーチに基づいた制作を行う者もいて、制作費を助成金に頼っているのだが、それらの助成金は保留や延期になった。

The covid 19 confirmation in Kenya was right when I was in the middle of hanging an annual themed exhibition organised by the GoDown arts centre, Manjano (I have in the last several years been tasked with that). The news struck and as it was said, it was not a matter of if but when, so everyone was waiting for that moment. Panic radiated to many and it seems like ages ago when everyone frantically went out to buy enough stock to keep themselves and their families going through the expected lockdown periods. In my city though, not many could manage to stock up as they earn from daily engagements without longterm savings. A lot of artists and cultural producers are squarely part of this; what was clearly going to be dire times. Some artists, including myself, are engaged in research based work dependent on grants that go to cover our practice expenses. these grants were put on hold.

私の最近の作品では、素材や建設のプロセスに表されているように、人間と土/大地との関係に焦点を当ててきた。新型コロナウイルスがやってきて、今年のために企画したプロジェクトのコラボレーターたちと私は、先が読めない中で何を進めていくことができるだろうかというジレンマに悩まされた。ご想像のとおり、私はこのプロジェクトの助成金保有者ではなく、共同しようと私に声をかけた他の団体がそれにあたる。もっと複雑なことに、私の他のコラボレーターたちは複数の大きな団体であり、新しい活動方針を計画したりプランを変えたりするには時間がかかるのだ。私はそのうちの一つの団体に、プロジェクトを始めるために特定の地方の環境に関わることを提案したのだが、上記に述べたような理由で実現することは叶わなかった。

My recent work has concentrated much on the relationship of the human to earth/ground, as expressed through material and the process of building. With Covid coming, then I and other collaborators of the projects that were planned for this year were left with the dilemma of what could possibly carry on despite the unknown. As you can imagine, I am not the grant holder here, but the other institutions that I had been called upon to wok with. Even more complicated was the fact that my other collaborators are large institutions that take time to chart new course of action, when plans have to change. I proposed to one of them to engage the local environment to start the project, but this has not come to fruition for the reason I sighted above.

提案したアイデアからの抜粋(最後の一部分)を、ここに掲載する。

Here is an excerpt (last bit) of the proposed idea.

《マンチェスター大学と共同での作品案——タワーのような生活空間で》     
proposed works – on towers living spaces with University of Manchester,

社会的・経済的・地理的・人口統計的に多様なさまざまな年代の人々を引き込んで、記録収集に参加してもらうのが理想的だろう。これまでの日常生活でコロナを受けて変化したことを記録したスマートフォンで記録した音声や映像、写真を提供してもらう。
たとえば3日ごとなど、規則的に記録をしてもらうのが理想的で、それらの記録が集まる中央収集所をインターネット上につくり、運営する。その収集データベースには、それぞれの記録に参加者の年齢、場所、暮らしているアパートメントの概要などを記入する。

記録収集の期間中には、パブリックなプラットフォーム上で、素材のいくつかをアップロードしたり、参加者の略歴を閲覧することができ、インスタグラムのようにコメントを投稿したりシェアしたりできる。素材を公開するときには匿名にするかどうかを選ぶことができる。この記録はすぐに開始され、参加者は可能な範囲で続けることになるだろうが、外出禁止令や他の行動制限が解除された一ヶ月後には閉じられる。

この他に、もっと「商業的」なベンチャー事業にも従事しているのだが、上記に述べたような継続的なリサーチのためのデータや素材となるイメージを集める機会にもなるので理想的である。このような方法は自分にとって新しいものではなく、自分の個人的なリサーチの関心事と、日々の生活で出会うものとを切り離すことはできないと思っている。長期的な作品のテーマに資する素材を見つけるチャンスは常にある。建設現場に行って記録し、その土地のディベロッパーにその写真や映像を提供することで、わずかな謝金を得るような仕事である。

Besides this, I found myself seeking to engage in a more “commercial” venture, which is still ideal because it offered me the opportunity to collect data and material images for my continued research that I mentioned before. This is not a new way for me to work, as I feel I can not disconnect my personal research interests to my every day encounters. There is always an opportunity to notice material that feeds into my long term work subjects. The engagement involved going to a construction site and documenting the project, and sharing the images with the developer of the property for a small fee.

《ワーク・イン・プログレス——土》work in progress – the earth
《ワーク・イン・プログレス——人間》work in progress – the transitions

個人的な作品の他にも、いくつかの一回限りのプロジェクトに従事してきた。カタログのための作品撮影やオンライン展覧会の編集、アーティストへのインタビューの映像撮影などがある。

There are one or two other one-off engagements that I took up, besides my personal work. These including photographing artworks for catalogues, editing online exhibitions recording artist’s interviews on video and the like.

《ワーク・イン・プログレス——変遷》work in progress – the transitions

このプロセスは続く。

ジェームズ・ムリウキ( 2020年11月)

This process continues.

James Muriuki November, 2020

  • Update: 2020.12.04 Fri.
  • Editor: ジェームズ・ムリウキ プロジェクトメンバー

REFERENCES

講座について

LECTURE OUTLINE

ジェームズ・ムリウキ

往復書簡プロジェクト「Round-trip Letters」

※オンラインでのプロジェクトを展開予定

ジェームズ・ムリウキ
アーティスト

1977年ケニア生まれ、同在住。ナイロビを拠点にアーティストやキュレーターとして活動。写真や映像、サウンド、インスタレーションなどの多様なメディアを用いて、急速に発展する都市空間の変容を捉えた作品は国内外で展示・収蔵されている。