アートマネジメントは、一般的に作り手(アーティスト)と受け手(鑑賞者)、作品と社会をつなぐ仕事のことを指します。アーティストは独自の問題意識をもって作品を創作したりプロジェクトを構想したり、場合によっては鑑賞者の参加を促しながら、常識や「あたりまえ」に対して問いを投げかける存在です。こうしたアーティストの思想や技法に寄り添いつつ、時に受け手や社会に翻訳してそれを伝えるアートマネジメントの最終目標は、すべての人が創造的である状態に向けて働きかけることだと言えるでしょう。それはアートという分野を超えて必要な、生きるセンス/技術とも呼べるものです。
長い歴史と文化が息づく古都奈良は、史跡、古墳、神社仏閣が数多く保存される全国有数のまちであり、伝統的な芸能や工芸品に親しむ機会に恵まれている一方で、現代的な芸術表現について学んだり、創作したり、発表したりするための美術館や劇場、アートセンター、学校などの場や機会が多いとは言えません。また、海外からの観光客や移住者が滞在するまちでありながら、外国や他地域の文化を扱う映画館や料理店、文化交流の場が少なく、歴史的・社会的・文化的背景の異なる人々の存在と表現を身近に感じる機会も豊富ではありません。
本プログラムでは同時代の実験的・先端的・複合的な芸術表現を介して、古来より多文化混淆に富む奈良の多層性を掘り起こし、その一元的な表象のあり方を再考し、地域資源を創造的に活用しながら語りを多声化していくための共有空間を創出するアートマネジメントの技法を受講者が修得することを目指しています。
受け手でありつなぎ手でもあり、さらに作り手でもあるアートマネジメントの技法を広めることで、それがアートの専門的な学びの機会になるだけでなく、さまざまな現場でその知見が活用され、彩り豊かな社会になっていくことを考えています。アートのためのアートではなく、アートが日常に溶け込んでいるまち、というのが奈良にはふさわしいのではないでしょうか。
本プログラムの名称「CHISOU」には、いくつもの意味が込められています。埋蔵文化財が豊富な地であることから、土木工事の際に地表調査や発掘調査が行われることも多い奈良(地層)。こうした歴史ある場所に立地する奈良県立大学は、全国でいち早く地域創造学部を立ち上げ(地創)※、地域に関する知識や知恵を蓄積してきました(知層)。平成27年に竣工した地域交流棟3Fには、レストラン誘致が試みられましたが実現せず、厨房スペースのコンクリートむきだしのスケルトン空間が、その痕跡として残されています。まるで発掘現場のような、他のエリアからは一段床面が下がったこの場所が、本プログラムの拠点になります。窓からは若草山が望め、四方を山々に囲まれた奈良盆地にいることを実感できるこの場所で、振る舞われたかもしれない料理(馳走)を想像してみると、地層、地創、知層、馳走……、いくつものCHISOUが重層的につながってきます。
CHISOUは誰にでも開かれています。過去・現在・未来、あるいは史実と想像性を行き来しながら、あらゆる実験的創造をここから始めてみませんか。
- ※観光社会学者の遠藤英樹は、「地域創造」のキーワードとして「つなぐ」を挙げ、「人と人をつなぐ」「地域と地域をつなぐ」「理論と実践をつなぐ」「大学と地域をつなぐ」「文系的な知識と理系的な知識をつなぐ」「学問体系と他の学問体系をつなぐ」などの特徴を指摘しています(奈良県立大学地域創造研究会編『地域創造への招待』晃洋書房、2005年)。これは、本事業におけるアートマネジメントのキーワードとしてもそのまま当てはめることができるでしょう。