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「Ethno-Remedies: Bedtime Stories ⇄ A Life’s Manual」トーク②
長坂有希、長岡綾子

2021年12月26日(日)

Editor: 西尾咲子(プログラムマネージャー)

「Ethno-Remedies: Bedtime Stories ⇄ A Life’s Manual」トーク② <br>長坂有希、長岡綾子

出展作家の長坂有希さんと、グラフィックデザインを通してプロジェクトに伴走してきた長岡綾子さんによるトークを開催しました。長岡さんが手がけたプロジェクトロゴや蜂箱のモチーフなど、それぞれのデザインが仕上がるまでの経緯や意図、背景にある両者の思いについて詳しくお話を伺いながら、プロジェクト全体の趣旨や今後の展開について理解を深める時間となりました。

一見ではわからない
プロジェクトロゴ

長坂 今回は展示空間として、「ふうせんかずら」という本屋の奥にある蔵を使わせていただいていますが、普段はお客さんが入れないスペースです。蔵へは土間を抜けて、中庭の周りを通っていくのですが、土間の入り口には「Ethno-Remedies: Bedtime Stories ⇄ A Life’s Manual」と書かれたロゴの暖簾を掛けています。私は本が大好きでして、このプロジェクトでは最終的に図鑑のような本をつくりたいと思っているのですが、本の中に入っていくようなイメージで、それをくぐり抜けて展示会場に入ります。このロゴは、プロジェクトの1年目に長岡綾子さんにデザインしていただいたもので、土間のスペースではデザイン提案書を壁面に展示しています。ロゴについて私の考えをお伝えした後、長岡さんが幾つか案を出してくださり、それらについて私がフィードバックしたことに基づいて、長岡さんがリファインしてくださって……というやり取りの経過が読み取れる資料です。

長岡 最初に三つの案を出させていただきましたが、最終的に最もわかりにくい案を選んでいただきました。文字が回転しており、一見では読めないようになっています。長坂さんからプロジェクトの方向性についてお伺いした時、蜂の視点になったり、養蜂家の視点になったりすることで、自分が見ている世界が違った視点で見えてくるということをお聞きして、文字を回転させてみないと読めないような、一見しただけではわからないものを提案させていただきました。

長坂 世界も一つの視点ではなく色々な視点から見た総合的なものとして現れているように、私たちが最後につくりたいと思っている図鑑も、そのような考えが反映されていたら良いなという願いを込めて、ロゴのデザインをしてくださいました。

奈良の土を表すロゴの色

長岡 ロゴの色については、奈良の土の色を参考にしました。複数の色をご提案したのですが、長坂さんは「茶色が良い」と仰ってくださり、「茶色だったら土の色にするのはどうか」という話になりました。「そういえば、奈良の土ってどんな色なのだろう」と気になって色々と調べてみたところ、全国の土について詳しく紹介しているウェブサイトがあり、奈良市東九条町の畑の深さ17センチ以深から採取した土の色がマンセルカラーで掲載されていました。その頃に仕事でご一緒していた奈良文化財研究所の方が土色帖をちょうど持っていて、マンセル値から色のチップがわかるようになっており、私の持っているDICカラーとも比較して色を出しました。

長坂 幾つかの場所の土のサンプルをもとに幾つかの色を提案してくださって、最終段階ではビジュアル的に最も魅力的な色を選びました。ロゴデザインの提案書の下には、三つの物を展示しています。一番右には、大安寺の前にある奈良市東九条町の畑から取ってきた土が盛られています。実際は色々な土の色が混じっているので、ロゴの色と一致しているかというと結構違うのですが、ロゴの色の背景にはこの土があるということを連想していただくために展示しています。

一番左に展示しているのは孔雀石です。奈良県御所市三盛鉱山で受講者と一緒に見つけました。緑っぽい孔雀色をしているので、この名前が付いたみたいです。奈良時代から奈良は孔雀石の採れる場所として有名だったようで、『万葉集』では奈良の枕詞として「青丹よし」と謳われています。当時は青というのが緑で、丹というのが土を意味しており、良い緑色の土や岩が採れる場所を表していました。長岡さんとロゴの色について話していた時もそうですが、初めに大地ありきという感じで、まず土があって、その上に植物があって、生き物の営みがあるという展開にしていくことを想定して「最初は茶色で」となりました。色と土地の関連性という観点から、孔雀石も展示しようと考えました。

真ん中に置いているのは、赤膚焼という奈良名産の陶器です。奈良で採れた土からつくられていて、焼くと釉薬のかかっていないところが赤くなるから赤膚焼と呼ばれています。奈良の土と色が深く関わり合っていることを象徴する物として展示しています。

二つの世界をぐるぐると
循環し続ける矢印のデザイン

長岡 プロジェクトのコンセプトとして「Life’s Manual」が意味する現実的な世界と、「Bedtime Stories」が表すお伽話の世界を行き来するとお伺いして、ずっとぐるぐる循環しているイメージを持ちながら、矢印の形やレイアウトの仕方について幾つかのパターンをご提案させていただきました。

長坂 色々な人々と協働することを通して得た知恵を伝播させていくために、最終的には図鑑をつくりたいと考えているのですが、その図鑑のイメージとして、ベッドの横に置いてあって、夜寝る前に手に取りたくなるような、寄り添ってくるような物語「Bedtime Stories」なのですが、いつの間にか生きるための糧や知恵「Life’s Manual」にもなっている。でも、また違う場面で読むと、単なる物語になっている。その行き来がぐるぐると続いていくような図鑑にしたいという願いがあります。長岡さんのデザインは、ずっとぐるぐる循環している感じを、最も有機的に出していただいたと思います。

蜂箱のモチーフ6種類の形が
意図すること

長坂 今年度の活動の主なテーマは、奈良の生駒を拠点に養蜂をしている家族との協働でしたが、ひょんなことから蜂箱に絵付けをしてほしいというお話を養蜂家からご提案いただきました。蜂の視覚や生態がどのようになっているのか、蜂や養蜂家にとってどんなものが良いのかについて、リサーチやテストをしながら、長岡さんとデザインを詰めていって、実際に絵付けした蜂箱を中庭に展示しています。

この展覧会は「ワークインプログレス展」という名の通り、制作途中を見せることが意図されていますので、「何が起きているのか」をより可視化できるように構成しています。中庭の廊下に展示している長岡さんによる蜂箱モチーフデザインの提案書では、段階を経てどのようにデザインが展開して最終デザインになっていくのかをご覧いただけます。

長岡 長坂さんからお伝えいただいた「奈良の生駒山と北海道のピンネシリ山、その間を行き来する様子を表すような形にしたい」というお話から着想して、形をつくっていきました。奈面方面から見た生駒山はなだらかで、はっきりとした頂点があるというよりは何となく丸い感じで、二つのなだらかな丸みがつながっているように見える。そのような特徴をなだらかな稜線で表しています。

ピンネシリ山は三角形が比較的はっきりした形ですので、生駒山と区別するために三角形を強調し、頂上に凸凹のような形状があるので、それが特徴となるように形をつくりました。蜂にはわからないかもしれないのですが、人間の視点からも山の形として特徴づけたいなと考えたからです。

もう一つは、吉岡養蜂園の養蜂家が夏に奈良から北海道に蜂を連れて行くため、生駒山からピンネシリ山に移動する形ということで、蜂が見分けられるような有機的な形をつくろうと考え、一回転している形にしてみました。できるだけ蜂の視点で考えようと思って、本当のところ蜂の視点なんてわからないのですが、できる限り調べて長坂さんとも相談するなかで、ベタ塗りの形と線の形なら見分けられそうという方向になり、それぞれの形につき2種類ずつつくっています。

長坂 移動を表す線の形は、二つの線で表されることによって、人間と蜂が一緒に移動している感じがより出ていたので、ぜひ使いたいと考えていました。

蜂箱の色が意図すること

長岡 まずベースとなる色を塗った後でモチーフの形を塗るという手順でしたので、ベースの色から提案させていただきました。蜂の見分けられる色について調べていくと、黄、緑、青、紫くらいなら見分けられるということがわかりました。赤は色彩としては見えずグレーや黒に見えるという説が有力でしたが、人間には色彩としてわかるので加えました。また、白も白として他の色とは違うものとしてはっきり見分けられるため、最終的に赤、黄、緑、青、白の5色を選びました。

長坂 蜂箱は何より蜂が使うものだし、蜂蜜は加熱殺菌しないので、蜂や人間が触れたり口にしたりしても害がなく、しかも屋外でも耐久性のある塗料は何だろうと考えて、アマニ油からつくられている自然塗料のU-OILにしようとなりました。

長岡 長坂さんとも相談して、蜂が最も集まって直接触れる入口の奥には塗らないでおこうと決めました。また、入口がある面は全て白く塗るようにしたのですが、背景を広く見せることでモチーフの形がはっきり見えやすくなると考えてのことです。蜂が上から降りてくる時に、天面が最初に見分けるポイントになるので、そこは色で分けたいと考えました。遠くから見た時にもわかりやすいように他の面も色で分けることにしました。

長坂 基本的に蜂箱は何十年も使われるものなので、色が剥げたり修理が必要だったりすることもあるだろうけど、その度に私たちが修理するわけにはいかないということもあり、ステンシルで形を塗りたいと考えました。実際に塗ってみるとアマニ油はすごくサラサラで、形の輪郭を整えるのが大変だったのですが、乾かしたり温めたりして濃度を高めるなどの上手く塗る方法をだんだん学んでいきました。

言葉にはできない曖昧なものを
デザインする

長岡 今回の展示も含めて長坂さんの作品は、様々な媒体を複合させて一見ではわからないインスタレーションのような見せ方をされていて、リサーチの過程も含めるという点も美術鑑賞に慣れている方でないとわかりづらいものがあると思います。そのような曖昧ですぐにははっきりとわからず、鑑賞者に考えさせてくれるような、すごくフワフワさせるようなものを持っている。明確なカテゴリーに括られず、新しいカテゴリーとして発生しているようなところが、私にはすごく面白く感じられます。

私自身もデザインする時に、見る人が考えられるような余白を持たせるということを意識しています。デザインも作品も、見る人が介入することで、見る人の中で強くなっていくというか。例えばデザインで言うなら、写真に映っている二人の観光客が旅行を楽しんでいるみたいな、すごくわかりやすく言葉で表せるポスターなどがありますが、頭の中で考えたものをそのままつくっている感じがする。アイデアを形にするとそうなりやすいのですが、ポスターなのに言葉で受け取っているような感じがして面白くない。そうならないように、言葉にならないものを意識しながら、ある程度の時間をかけて間隔を置いて眺めたりしながら、色気のようなもの、すぐにはっきりとはわからないようなものがあるかどうかに気をつけています。

長坂 すごく共感しますね。私の活動においても、わかりにくかったり矛盾しているように感じられたりするところを意識しています。私は言葉も表現の一つの媒体として使っていますが、すごく説明的な言葉もあれば、より物語的で詩的な言葉というのもあって、それらが組み合わさっていくことでイメージをつくりだします。一つに限られないような複数のイメージを生みだす言葉の使い方ってどのようなものだろうと考えながら活動しています。哲学書を書くのではなく、物語を書くということにこだわっているのは、そこがあるからです。

私がつくることができるのは全体の50%くらいだと思っています。色々な解釈を促すための部品のようなものは用意しており、私なりの組み合わせ方はもちろんありますが、それを強要したいわけではありません。色々なチョイスがあるなかで、それぞれが好きなところを組み合わせて、その人なりの解釈や体験をつくってもらえたらと思っていて、鑑賞者や受け手に50%くらい委ねています。鑑賞者を信頼しているというか、受け手ではなく一緒につくっている協働者のように考えています。

アーティストとデザイナーの
コラボレーションによる、
時間をかけたプロジェクト

長坂 このプロジェクト自体もすごくフワッとしていて、3年間のはずだけど先がわからない。でも、何か活動を続けて最終地点は図鑑に落とし込みたいというなかで、初期の段階から長岡さんに加わっていただきました。このような感じでデザイナーとコラボレーションするというのは私にとって初めてなのですが、長岡さんはアーティストとコラボレーションしながらつくるという経験をお持ちでしょうか。

また、私は初めての経験ですので、そういうものなのかと思いながらやっていますが、こちらからアイデアをお伝えすると、長岡さんはデザインするだけでなく、「土はこのようなものがありますよ」とか「蜂はこれが見えるらしいですよ」とかリサーチもすごく一緒にしてくださる。長岡さんご自身の活動の中で、リサーチはどのような意味合いがあるのでしょうか。

長岡 作家の展覧会のDMやチラシをつくることはありますが、アーティストとコラボレーションしながらプロジェクトや作品制作に並走してつくるという経験は初めてです。長坂さんは相手を信頼して任せてくれるので、すごく嬉しくてやりがいがありますし、進めやすいです。想像以上に楽しんでつくらせていただいている感じがあります。

リサーチについては、全ての案件で色々なリサーチを毎回しているというわけではなく、長坂さんのプロジェクトがリサーチ中心で展開していくということもあって、作品や活動のコンセプトに寄せていくために、リサーチをして調べていくことを大切にしながら進めています。

もちろん普段のデザインでもリサーチをすることがありますが、それは有効な制約をつくるためでもあります。何でもありだと逆につくれなくて、ビジュアルが最も大事ではあることに変わりはありませんが、そのビジュアルの方向性を絞り込んでいくため、デザインをより強くしていくために制約をかけていくというようなことをします。ですので、その制約を生みだすための素材として調べるということでしたら他にも結構あります。しかし、科学的なことまで調べるということは常にしているわけではなく、今回のプロジェクトだからこそ、そのコンセプトの方向にもっと合わせていくためのやり方を考えてそうするようにしています。

長坂 このプロジェクトでは今後も長岡さんと協働しながら、最終的には図鑑をつくれたらと考えています。奈良での活動を通して得た知恵や技術が、私の中にゆっくり根づいていくように、その図鑑を読んでくれる人たちの心の中にもゆっくり染み込んでいき、もしいつか危機や困難に直面することがあれば、それらを生き抜いていくための糧、道を照らすものになってほしいと思っています。図鑑を読んでくれる人たちが心の中に根づかせていく行為はすごく時間のかかることではありますが、その知恵や技術がいつも読者の一部としてあり、他者に伝えてもらうことで伝播していったらと願っています。

受講者の感想

自分は趣味で自然農をしている。地面に腰を下ろして草を刈る時、そこにいる小さな虫たちに意識を向けると、どんどんミクロな世界に近づき、そこで感じたあらゆるものが体に入ってくる。そのような体験を通して、すぐに何かを理解したり解釈したりしようとするのではなく、身体を使って感じ取ろうとすることが大切だと思うようになった。長坂さんが仰ったように、人間は言葉を使うことで何かに働きかけたり関わったりしていく。実際はその過程で、言葉ではない何かを伝えようとしたり受け取ろうとしているのだと思う。CHISOUをきっかけに、吉岡養蜂園の蜂場を訪ねることができてとても良かった。吉岡さんの現場で伺ったお話や、交換した言葉ではない何か……。その時その場での体験が、いつか誰かと会話するなかで、また言葉として出てくるのではないかと思う。(井上謙吾)

私の職業はコピーライターで、皆にとってわかりやすく、つかみやすい言葉をつくることが自分の仕事だと考えている。しかしその一方、より余白があったり、より広がりがあったりする言葉も好きで、本当はそういったものを自分の仕事でも使いたいと感じていたこともあり、長岡さんがロゴを生みだされる過程や、プロジェクト全体をどのように捉えていたかというお話に共感するところが多くあった。(野村隆文)

  • Update: 2022.03.15 Tue.
  • Editor: 西尾咲子(プログラムマネージャー)
  • Photographer: 山中美有紀、衣笠名津美

REFERENCES

講座について

LECTURE OUTLINE

長坂有希&長岡綾子

展覧会関連トーク②

2021年12月26日(日) 14:00–16:00

ふうせんかずら

プロジェクトロゴや蜂箱のモチーフのデザインなど、グラフィックデザインを通して、長坂さんのプロジェクトに伴走してきた長岡綾子さんと長坂さんによるトークを開催。それぞれのデザインの意図について詳しくお聞きすることで、プロジェクトの趣旨や今後の展開について理解を深める時間となりました。

長坂有希
アーティスト/香港城市大学クリエイティブ・メディ ア学科博士課程研究員

1980年大阪府生まれ、日本・香港在住。日常の暮らしの中で出会う事象を綿密にリサーチし、自らの体験や記憶を織り交ぜながら物語を編み、語ることをとおして、物事の関係性の再定義や、周縁のものたちからの視点を提示し、異なる人々や生物のあいだに存在している権力構造の再考を試みる。

長岡綾子
グラフィックデザイナー

1984年三重県生まれ、奈良県在住。2015年に奈良市で「長岡デザイン」を設立。博物館の広報物や図録など紙媒体を中心としたグラフィックデザインの他、プロダクトデザイン、日用品を使用したアートワークの制作や本の出版を行う。