REPORTS
- レクチャー
- ワークショップ
「調香教室」石田理恵
2021年10月2日(土)
奈良県立大学 CHISOU lab.(オンライン配信あり)
Editor: 西尾咲子(プログラムマネージャー)
REPORTS
2021年10月2日(土)
奈良県立大学 CHISOU lab.(オンライン配信あり)
Editor: 西尾咲子(プログラムマネージャー)
奈良で調香とハーブの教室を開催している調香家の石田理恵さんに、香りについてのレクチャーと調香のワークショップをしていただきました。石田さんが会場に到着し、自宅の庭から摘んできた様々なハーブを水に挿した途端、爽やかな香りが部屋を満たし、皆の心を動かしました。一つひとつの香りの種類と特徴、どのように香りは記憶と結びついているかについてお話を伺った後、石田さんによるカウンセリングのもと、参加者それぞれが10種類のオイルを調合して、オリジナルの香りをつくる体験を楽しみました。
CONTENTS
日本や海外には色々な香料がありますが、天然香料と合成香料に分類され、天然香料は植物性香料と動物性香料に分けられます。アロマテラピーで精油やエッセンシャルオイルと呼ばれるものは、何百種類もある植物性香料のことで、花や葉、芽、果皮、全草、木、種子などから採れます。今日はその原液と、香りの素であるハーブやスパイス、香木を持ってきていますので、これらの香りを蒸留したらこんな香りになるということを体験していただこうと思います。
精油を採るための最も一般的な方法は、水蒸気蒸留法です。例えば、ローズマリーの枝を蒸し器の中に入れて加熱すると、上に湯気がつく。それを急激に冷却すると、水分が下に溜まり、油が上に浮く。その油が精油と呼ばれるもので、下に溜まった水がハーブウォーターやフローラルウォーターと呼ばれる芳香蒸留水です。熱に弱いものだと油が採れる割合が少なく貴重なので、バラのエッセンシャルオイルは2mlくらいで2万円とかすごく高いですが、1%の濃度に薄めた1滴でも香りが強い。
レモンやオレンジなど柑橘系の香りは皮にありますが、圧搾法で採られることが多い。押し潰した皮を遠心分離機にかけ、油と水分に分ける方法です。熱を加えていないので、香りがそのまま残りやすい。マドレーヌはレモンの皮を擦りおろして加えますが、皮の香りを入れるため。レモンティーの場合も、スライスした皮付きのレモンを入れるのは、酸味を出すためではなく、香りを移すためです。
柑橘系の香りには光感作性があり、紙に付けて光の当たるところに置くと、色が変わってしまう。肌に付ける場合も色素沈着してシミになる恐れがあるので、約6時間は太陽の下に行かないように言われている。ピリピリとしみるような刺激作用もあり、冬至に柚子湯に入ると体がピリピリする方もいる。柚子の皮から香りが出て、体を温める薬効も出ているということですが、柑橘系の香りは強いので気をつける必要があります。
ベンゾインのような樹脂には、溶剤抽出法を用います。樹脂はなかなか加熱が難しいので、アルコールのようなものに漬け込み、香りの素を採り出してからアルコールを揮発させていく。熱に弱いローズやジャスミンも溶剤抽出法で採ることが多い。ローズにはローズアブソリュートとかローズオットーとか様々な種類の精油があり、ローズアブソリュートは溶剤抽出法、ローズオットーは水蒸気蒸留法です。水蒸気蒸留法でも採れますが、熱にあたって香りが若干変わります。
精油はマッサージや入浴で用いられますが、原液はすごく濃厚ですので、基本的には薄めて用います。天然香料と合成香料を比べると、同じ濃度でも合成香料の方が強い。マッサージだと1%ほどに薄めます。皆さんがつくる香りは7%ほどの濃度です。精油は揮発性があるため、蓋を開けたままでは香りや水分は蒸発する。マッサージの場合はホホバオイルやオリーブオイルなど植物性の油で溶かします。
本日のワークショップでは、無水エタノールと少量の精製水に溶かし込んでつくります。マスクや肌に付けたり、消毒用アルコールを入れて1%濃度にして使ったり、精製水で薄めるとルームスプレーにもなる。各自でテーマを決めて、その香りに仕上げていただきますが、季節からイメージしても良いし、気持ち良く眠れる香りや、あの時の思い出の香りみたいなものでも良い。
動物性香料は、ムスク、シベット、カストリウム、アンバーグリスの4種類しかありません。ムスクはジャコウジカの雄の生殖分泌物で、糞尿や排泄物のような匂いだと本に書かれていますが、千倍に薄めるとフローラルの香りになる。濃い時には良くなくても、薄まった時に良くなる香りもある。香る時にグッと香らず、離してフッと鼻の中で味わうと、香りのパーツが見えてきます。シベットもジャコウネコの肛門近くの分泌物。カストリウムはビーバーの肛門近くのもの。アンバーグリスはマッコウクジラの結石で、海に漂着した塊から香りがすることから発見されました。
大分香りの博物館でムスクを見たことがあるのですが、シベット、カストリウム、アンバーグリスも今ではほとんど採られておらず、博物館で展示されるような存在。生息数が少なく、動物保護の観点から捕獲されることがほぼなくて、残っているものは高価な値段で取り引きされる。制汗スプレーなどで「ムスクの香り」というのがありますが、本物のムスクではなく、ムスコンやムスクケトンなど合成香料が用いられており、艶っぽいフローラルのような香りとして定着しています。
合成香料が無かった時代に、動物性香料を加えると肌へのなじみが良くなり、ふくよかな感じになるため、重宝されていた。仏教伝来の頃、香りとして使われるものと、薬として使われるものの両方があったのですが、ジャコウは生殖器系を整える薬としても使われていました。
以前に訪れたことのある大分香りの博物館では、ムスクの香りを試せるようになっていて、糞尿のような香りだと本で読んだので、その奥にあるものを感じようと香ってみると、昔の田舎にあったバキュームカーや、スキー場の汲み取り式トイレを思い出しました。奥には温かい感じもあり、これがフローラルっぽさなのかなと。嫌な匂いの中には良い香りの要素もあって、悪い香りではない。田舎の信州で子どもの頃に毎年スキーに行っていたことを思い出しました。香りは記憶に結びついて、思い出がパッと蘇ることがあり、それぞれに感じるところがあります。
コロンやトワレなど様々な香水がありますが、香りの濃度と関係しています。最も濃いパルファンの濃度は15%から30%程度。オードトワレが5%から10%程度。オーデコロンが3%から5%程度。香水はずっと同じ香りではなく、最初に香るトップノート、時間が経ってから中心になるミドルノート、最後まで残るラストノートというように変化していく。香りを分類する時にも、飛びやすい香りをトップノート、持ちが良い香りをミドルノート、持ちがすごく良い香りをラストノートと言ったりする。
天然の香りではトップノートに柑橘系の香りが含まれます。ミドルノートには葉や草、花が含まれる。ラストノートには、木や樹脂、種子、樹皮があります。シナモンなどのスパイスもラストノートに分類される。ラストノートは濃厚なので、1滴でも強く感じてしまう。香りを組み合わせる時は、どの香りをどれだけ出したいかという観点で、バランスを考えます。レモンとベンゾインを1対1で感じたかったら、レモン20滴に対してベンゾイン1滴くらいの割合になる。
フランスのルネ=モーリス・ガットフォセという研究者が火傷をして、ラベンダーの原液をかけると治りが早く、1930年頃にアロマテラピーと名づけたことから、アロマテラピーが始まりました。この香りにはこんな効能があると言われたりしますが、体調や気分、気候などで香りの感じ方は変わります。
香りは思い出とも結びついており、ローズのように幸福感に包まれるような香りでも、辛い記憶と結びついていると幸せな気分にはなれない。それぞれの人生でそれぞれの香りの記憶があるので、自分がどのように感じるかが大切です。
同じ場所でも年によって気候が変わると香りも変わる。ラベンダーが嫌いではなくても、このラベンダーの香りはちょっとということがある。ご自身で使われている香りと同じ種類でも、私が持ってきた香りは少し緑っぽくて違うとかあれば教えてください。
今から皆さんに記入してもらうシートには、香りの名前の横に余白があります。それぞれの香りを香った時の印象を書くスペースです。好きかどうかで、二重丸や丸、三角などを書いてください。最初は好きだったけど、時間が経つとあまり良くなかったとか、逆に最初はあまり良くなかったけど途中から好きになったとか、その通りに書いてもらえると「最初は嫌だけど時間が経つと良いのなら、初めに感じないように少しだけ入れよう」と判断できる。香りはそれぞれに感じるものだから、言葉で書かないと伝わりません。
香った時に思い浮かぶことを書くことで、イメージを掘り下げることができます。香りって「何々のような」としか言えない。私は香りに色を感じるのですが、レモンならレモンイエローとか、香った時に甘い感じなら山吹色っぽいなとか。ローズゼラニウムは植物自体は緑色だけど、バラのような香りがして私にはピンク系のイメージ。柔らかな甘みがあるなど味覚に例えてみるのも良いでしょう。
尖った感じとか、ゴワゴワしているとか、優雅な感じとか、イメージを書いても良い。そうすることでイメージがさらに広がります。柑橘系の香りは香料として使われることも多いので、子どもの頃に食べた飴を思い出して当時の空気みたいなものまで蘇ってくることもある。
秋の夕暮れ時に奈良公園を歩きながら見たり感じたりしたものから香りをつくったことがあります。スーッとした空気とか、夕暮れの色味になった葉とか、その柔らかい温かさを出したいと思って香りをつくったのですが、そのようにイメージを言葉にしてもらえたら、「この方はこの部分を出したいのかな」と私も感じることができます。
今日は10種類の精油から調合して香りをつくります。香りは水彩絵具に似ており、混ぜたから良い色や良い香りになるわけではない。この香りにしたいからこれを混ぜるというように考えてください。一つの香りには百種類ほどの成分が含まれており、二つ組み合わせるだけで奥行きのある香りになる。今回は初めての方にもわかりやすいように、柑橘系、草、葉、花、木、樹脂からバランス良く、トップ、ミドル、ラストそれぞれを含めて選んでいます。
ムエットという紙片に香りを一つずつ付けてお渡しするので、感じることをシートの余白に書いてください。調香師のように鼻の左右に紙を動かして香ると、脳の両側に働きかけて、香りが立体的に感じられると言われています。調香師が複数のムエットを扇子のように持ち、鼻の近くで左右に揺らしていることがありますが、複数の種類を香るとこんな感じというのがわかります。
軽いと感じる香りから説明します。一つ目はレモンの香り。トップノートでパッと香るのは酸っぱさですが、時間が経つと甘さが出てきます。酸っぱい印象が強いですが、「この香りは常にこんな香りがする」と思い込まず、香った時の印象を大切にすると、ラムネ菓子の懐かしい思い出や、キラキラした夏の日差しのイメージなど、色々な記憶が蘇ってくる。
次はオレンジの精油。朝に飲んだオレンジジュースの爽やかな甘さを思い出したり。それぞれの生活スタイルや体験によってイメージは変わる。続いてハッカ。主成分はメントールなのでスーッとする感じが強いですが、少し時間が経つと甘みを感じる。私なら冷たい空気や夏の清流、秋の朝の清々しさを感じます。
次はローズマリー。人によっては緑や水色、茶色などに感じたり、ハンドクリームを思い出したり、ローズマリー・カンファーは樟脳の香りなので箪笥の記憶と結びついたり。トップはスッとした感じで、ミドルからラストにかけて甘みが出てくる。それからレモングラス。ハーブティーでお馴染みですが、精油にすると草の感じが強くなる。草原の香りをつくりたい時にローズマリーとレモングラスを組み合わせたりします。
次はラベンダー。色々な種類がありますが、ラベンダー・アングスティフォリアと呼ばれる高地栽培のもので、甘みが強い。清潔感があるのでシーツの香り付けや洗濯洗剤、リラックス効果があるのでマッサージオイルでも馴染みがある。色は薄紫や緑っぽさを感じるかも。続いてローズゼラニウム。植物学の分類では葉ですが、香りはフローラル。蒸留すると濃くなり甘みが出て、柔らかいピンクな感じがします。
皆さん、だんだん香りが重くなってきたので、外の空気を吸ってくださいね。コーヒーの香りが鼻を元に戻すと言われますが、外の空気でも戻ります。香りは頭をすごく動かすので疲れる。今から強めの香りになりますので、嫌だと思う香りはそれほど吸わなくても大丈夫。
シダーウッドは濃いので50%に薄めています。アトラスシダーとバージニアシダーウッドを組み合わせており、懐かしい鉛筆っぽさやお寺っぽさを感じるかも。次のパチュリもすごく濃厚。深くて沈むような落ち着いた香りで、スモーキー感や土っぽさを感じます。「夕立の後」という香りをつくった時は、土から立ち上がる湿気の感じをパチュリで出しました。
最後にベンゾイン。バニラっぽい甘い香りですが、すごく強いので20%に薄めています。お香にも使われており、一昨日に大仏殿の近くを歩いた時に似た香りがほのかに漂ってきました。子どもの飲み薬のような感じもして、病気のしんどさを思い出す人がいるかも。ラベンダーとローズゼラニウム、ベンゾインを組み合わせると、柔らかい花束みたいな香りになります。
香りを組み合わせる方法は、大きく分けて二つあります。1種類もしくは2種類の香りを目立たせたい場合、たくさんの種類を入れるとわかりにくくなるので、一つもしくは二つの香りをボンと持ってきて、そこに少し別の香りを加えるという方法。もう一つは、それぞれの色を馴染ませて違う色をつくるように、何種類かの香りを組み合わせてイメージをつくる方法です。
一つ目の方法だと、ハッカとローズマリーで緑の風の感じにしたい時、二つの香りだけだと尖りすぎているので、緑の風に木が植わっていたら気持ち良さそうだから、シダーウッドを少しだけ加えて木の感じを入れる。二つ目の方法だと、ハッカとローズマリー、シダーウッドの3種類を組み合わせて馴染ませる。ハッカで清々しい感じ、ローズマリーで草原の感じ、シダーウッドで木陰の感じ。それら全てが馴染む香りにする。
目立たせたいものがあるか否かで、どちらの方法が良いかを選ぶ。そして、つくりたい香りの雰囲気やイメージ、用途も書いて、使いたい香りの名前に丸をしてください。カウンセリングをしながら、どのくらいの割合が良いかなど、詳しくお話ししていきます。
香りは私たちを想像の世界に連れていってくれます。時間や場所を超えて、行けない場所にも行けて、その場所にいるような気持ちになれる。2年ほど帰っていない田舎をイメージして香りをつくったことがあります。田舎の信州は夏でも涼しく、その爽やかな感じをレモンとハッカで出して、レモングラス、ローズマリー、シダーウッド、パチュリで緑が濃い感じを出した。ラベンダーやローズゼラニウムなど花の香りを少し加えて、緑の中に花が咲いているイメージにしました。
ここに「初秋の夕暮れ」をイメージしてつくった香りがありますが、紙に付けた時と肌に付けた時で香りが変わる。紙を鼻先で香るとスーッとした涼しい空気で気持ち良かったのが、肌に付けると体温で甘みが出て、お香のような落ち着く感じが出てくる。寝る時に秋の澄んだ空気の中で眠りたいなら枕元にシュッとすれば良いし、リラックスしたいなら首元の肌に少し付けると良い。
同じ香りでも使い方によって変わるので、カウンセリングでは使い方についても話しながら、できるだけイメージに近づけるようにしたいと思います。では、それぞれ考えてシートに記入していただき、決まった人からカウンセリングしていきましょう。
興味深いのは、参加者によって、できあがった香りが違うということ。好き嫌いや、受ける感覚の強弱、その時の状態によって、差が生まれる。今回、香りの対象は香水だったが、動植物、飲食物から人工的な成分の塗料まで、日常のあらゆる物質について、自分が感じているものが、隣にいる人が感じているものと同じとは限らない。五感の中で一番違いがわかりやすいのは味覚の好みだが、感覚が人により千差万別だとすると、視覚についてさえ疑いが出てくる。今回の体験から、自分が当たり前や常識としていたものが、実はそうではないのではと思った。(内田好美)
「疲れた時に気分の切り替えができるような爽やかですっきりとした、身に付けて使用する香り」のイメージで、レモン、レモンタルト、バニラアイスだと感じた香りを使用した。身に付けずにリラックス空間で感じたい香りなら、花や木のような香りを選ぶと思うので、使用方法やテーマを変えて香りをつくると、同じ「好きな香り」であっても全然違うものになるだろう。石田さんの凄いところは、相手が望む香りに求めるストーリーに共感し、感覚を擦り合わせていくところ。香りの感じ方は人それぞれ違うはずなのに、「後に残る○○の香りは強く感じたいですか」などの詳細なイメージについての対話を通じて香りをつくり上げていくのは至難の業。調香家は香りの知識だけでなく、コミュニケーションや想像の力も必要だと感じた。(今野瑶子)
まさに香りの記憶が呼び覚まされる体験をした。自分自身が生きてきたなかでの香りの経験は、その経験のイメージを定着させるほど強い力を持っていると感じた。また、面白かったのが、同じ香りでも香りの濃度で感じ方が違うこと。付けてすぐと後で、香りの感じ方が全然違う。気になって調べてみると、低濃度か高濃度かによって刺激される受容体の組み合わせが異なるそうだ。同じ成分でも濃度の違いで、人によっては良い香りだったり、きつくて嫌な香りだったり、感じ方が異なる。混ぜると単純な足し算ではなく、新しい組み合わせができる。香りには宇宙のような可能性があると感じた。(小宮さえこ)
LECTURE OUTLINE
石田理恵
2021年10月2日(土) 13:30–17:00
調香家の石田理恵さんによるレクチャーと調香教室を開催。石田さんが自宅の庭から摘んできた様々なハーブを水に挿すと、爽やかな香りで部屋全体が満たされます。記憶と深く結びついた香りの特徴について説明していただいた後、10種類のオイルを調合して、山城さんと受講者それぞれがオリジナルの香りをつくる体験をしました。
奈良県生まれ、同在住。島根県にある「香木の森公園」でハーブの研修を経て、東京で調香を学んだ後、奈良を拠点に活動。天然香料の調香やハーブティーの調合、調香とハーブの教室を行う。季節や雰囲気を踏まえながら、その時々に感じる気持ちを大切に、その人らしく暮らしに香りとハーブを取り入れる方法を伝えている。