CHISOU

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「『共有』と『私有』を行き来する」
人文系私設図書館ルチャ・リブロ

2021年7月25日(日)

奈良県立大学 CHISOU lab.(オンライン配信あり)

Editor: 西尾咲子(プログラムマネージャー)

「『共有』と『私有』を行き来する」<br>人文系私設図書館ルチャ・リブロ

奈良県東部の山深い東吉野村で自宅を開き、図書館・パブリックスペース・研究センターを内包する「人文知の拠点」としてルチャ・リブロを展開してきた青木真兵さん、海青子さんから話を伺いました。社会の当たり前を問い直すこと、共有と私有を往還すること、空間を統制しすぎず訪問者が余地を見つけられること。柔らかな言葉と具体的な実践から、共有空間について思考を深めるための気づきをたくさん得ることができました。

ルチャ・リブロを開くまで

真兵 共有空間をテーマにしたプログラムということですが、僕らの活動は自宅を開いているという点で、私有でもある。共有と私有の両方を持ち、両方を往復するなかで、自分なりの立ち位置や表現、自分にとってちょうど良いスタンスを探っていくのが良いと思っています。

もともと大学の博物館で働いていた経験から、キュレーターを名乗っています。左にある土器のかけらを右に移すような地味な仕事でした。キュレーターと言うと、現代美術館で企画を考える人というイメージが強いかもしれませんが、単に学芸員の英語名として使っています。

東京の大学で考古学を研究していましたが、大阪の大学院では西洋史を選択し、特に古代の歴史を研究しています。同時に現代思想にも関心があって、別の大学のゼミにも通っていました。大学院とゼミの二つに所属していたのが、今のスタンスにつながっているのかなと思っています。僕が大学院の時に、大学生だった妻に出会いました。妻は就職で石川県の図書館に勤め、僕は大学院にそのまま残りました。

その後、二人とも体調を崩すことになり、2016年3月末に東吉野村に引っ越し、6月には自宅を開いて人文系私設図書館ルチャ・リブロを開館しました。何か完成形を意識していたわけではなく、未完成のまま、始めながら考えようと思い、現在もそうしています。また、引っ越してどのように生活していこうかという時、近くのまちで障害者の就労支援の職員を募集しているという話をいただいて、今もこの仕事を続けています。

東日本大震災がきっかけで
考えを巡らせたこと

真兵 きっかけは東日本大震災でした。原発事故が起きた時、どうしても僕らはメディアによる情報に頼らざるを得なかったけど、東京電力がスポンサーになっているメディアは事実を報道できない状況もあった。つまりお金によって真実を得られる人と得られない人、得られる状況と得られない状況が出てきてしまう。それがすごく不健全で危険だと感じました。

当時、僕らは神戸に住んでいて、電子レンジや洗濯機など色々なものがスイッチ一つで動く。すごく便利だけど、電気がどこから来るのかという問題もあるし、電気が止まると一転して便利ではなくなってしまう。便利なものに頼っている僕らが、生活力が何もない状態で放り出されてしまったら怖いなと思い、都市の脆さを感じました。

教育や文化に持ち込まれる
市場原理主義への懐疑

真兵 また、売れるか売れないか、ニーズがあるか否かを数値化する市場原理主義についても考えさせられました。教育や文化はそもそも数値化できないし、すぐに結果が出るわけでもない。それなのに、図書館や博物館、美術館に市場原理主義が持ち込まれているように思います。来館者がこれ以上来なかったら閉館するとか数字で判断しているけれど、そんな形でコストカットしていくのはおかしい。当時は文部科学省から大学にもそうしたオーダーが来ていて、人文系学問は軽視されているとすごく感じました。人文知とは、数値化しづらいものを知ろうとするような知のことです。

そもそも教育や学びとは何なのかを考えていて、当時は小学生や中学生の塾で働いていましたが、進学塾だとテストで良い点数を取ることが目的になる。そのための方法をいかに合理的に教えるかになってしまうけれど、本来はテストの点数は二義的で、大事ではありません。教育や学びで大事なのは潜在能力を引き出すことで、本当に好きなものが見つかって一生懸命やるようになることが大事。それなのに、良い大学に入り、安定した会社に入るためという考えが根強く残っている。

こうした問題意識から、人文知の拠点をつくりたいと思って、ルチャ・リブロをつくりました。大きな言葉になりますが、生活の中で近代を相対化する。山村や障害、今回のテーマでもある共有について改めて考える。なぜなら、近代は私有の概念から始まっており、共有は近代を相対化できる強い概念だと思います。

『彼岸の図書館』『山學ノオト』
『りぶろ・れびゅう』

真兵 僕らの移住前と、移住してすぐと、しばらく経ってからについては、書籍化されています。僕らのエッセイと対談をまとめた『彼岸の図書館』と、『山學ノオト』という日記です。後者は東吉野村に住んでいる芸術家の武田晋一さんと一緒につくった本です。普通の書籍は、本の天のところをカットしない天アンカットと言われるつくりですが、『山學ノオト』は、天ではなく小口アンカットになっていて、めくりづらい。武田さんは手触りをすごく重要視しており、電子書籍が出ている世の中で実際にものをつくるとはどういうことかと考えた時、便利とは異なる要素を取り入れた方が意味があるという考えです。

ルチャ・リブロにどんな本があるのかを、来館者の方々に紹介してもらう『りぶろ・れびゅう』もあります。ルチャ・リブロにはどんな人が来るのかという質問と、どんな本があるのかという質問をよく聞かれるのですが、その二つに同時に応える本としてつくりました。

新聞の書評で『彼岸の図書館』について次のように論じていただきました。「書名に掲げる『彼岸』は、この図書館が資本主義の論理で動く都市生活から外れたところにある、という考えを示している。…その点『なんとなく』『微調整』を旗印に緩やかな変革を志す姿勢には、希望の光が見える」。日経新聞がこの書評を書いてくれたというのがすごく面白い。いくつかの新聞で書評を出してもらいましたが、最も本質的なことを書いてくれたのが日経新聞です。日経新聞こそ資本主義の論理の中で記事を書いていて、その最前線にある新聞ですが、その人たちこそ危機感を感じていると思います。

相互に干渉し合っている
私有空間と共有空間

海青子 当館の共有空間の特徴についてお話しします。まず、自宅の一部を開放しているので、私有空間と共有空間が相互に干渉し合っていることです。店舗や寺社などでも住居と店舗が接している場合がありますが、当館ではそれぞれが独立していないところが特徴的。普通なら店舗の部分を切り離しても生活は成立しますが、当館の場合は図書館部分を切り離されてしまうと生活が成り立たない。

また、川に掛かっている橋を渡る必要があり、当館は物理的にも彼岸にあります。橋を渡った正面に天誅組終焉地という石碑があり、天誅組リーダーの吉村虎太郎という幕末の志士が亡くなった場所とされています。現在では別のお寺に移されて埋葬されていますが、そのような史跡が存在します。そこから逸れて林を抜けると当館がある。史跡までは誰でも来ることができますが、林を抜けてやって来るのは当館に用事があるか、その裏のお墓にお参りに来るかのどちらかです。ここには当館しかないため、この林の辺りから私的空間が始まっていると言えます。当館の館長は「かぼす」という名の猫です。「おくら」という犬もいて、主任を務めています。人間は皆、平社員ですね。

本棚は、村の大工さんが「木を切りだしてつくった方が安い」と教えてくれて、そのようにつくられています。ほとんどが私たちの私蔵の本を公開しているので、頭の中が丸見えのような感覚で、少し恥ずかしいなとも思っています。私蔵の本だから大量に付箋が貼られたままのものもあり、借りた方が「ここに付箋が貼っていなかったけど、文章が良かったよ」と教えてくれるようになりました。以前に働いていた大学の図書館だと、付箋をはったまま棚に戻すなんて絶対に駄目。ルチャ・リブロでは、それが交流のツールになっているのが面白い。

ルチャ・リブロの運営のあり方

海青子 開館中には私は書庫の奥の司書席に座っています。閲覧室での過ごし方は来館者の自主性に任せていて、冬は奥のコタツで寝落ちしているお客さんもいらっしゃいます。開館日時については、基本的に3月中旬から12月中旬までの日曜、月曜、火曜の11時から17時です。月10日程度で、年間90日くらい開けています。1月から2月にかけて雪が降ったり道路が凍ったりするため休みにしていましたが、今年度の冬は開けてみようと思っています。冬は静かで読書が進むと思うので、もしご興味があったら冬にも訪れてみてください。

イベントの場合は有料ですが、基本的に入館も閲覧も無料です。近代とは異なる場所にしたかったため、お金を取ってしまうと違ってくるかなと考えました。サービスとしてではなく、お裾分けという感覚です。大学の図書館では利用者にサービスとして提供していましたが、ここは自宅の一部だし、無理せず続けたいという思いで始めました。

貸し出し期間は2カ月で、一人3冊まで借りられます。会員カードの作成料として500円お支払いいただければ、遠方に住んでいる人も借りることができます。県内外から500人ほどが来館し、合計200件程度の貸し借りがあって、会員カードを持っている方は現在200名程度です。2014年から「オムライスラジオ」というラジオも配信していまして、ラジオを聴いて図書館に足を運んでくれる方もいます。

振るまいが変わる、
ギミックとしての「図書館」

海青子 もともと図書館ではない私有空間を「図書館」と名づけて共有することで、私たちも含めて、ここでの過ごし方や振るまいが変わってきます。動物たちも何となくオンオフがあるみたいで、猫も閉館中は真ん中で寝ていたりする。開館中も寝ているのですが、さすがに場所は選んでいるかなという印象です。プロレス用語で「設定」という意味合いのギミックという言葉がありますが、ギミックとして「図書館」と言うことよって、空間のオンオフが切り替わっているように思います。

真兵 僕はプロレスがすごく好きです。「ルチャ・リブレ」というメキシコのプロレスが有名ですが、スペイン語で「ルチャ」は「闘い」、「リブレ」は「自由な」という形容詞です。「リブロ」はイタリア語やスペイン語で「本」の意味ですが、プロレスと本という二つの好きなものを組み合わせて名づけました。

プロレスの世界観は、基本的に「善と悪」「ベビーフェイスとヒール」があり、ヒールが悪役を演じますが、本当に悪い人かというとそうではない。その役割を演じることをギミックと言ったりします。家だけど「図書館」と呼ぶことで図書館の空間が創出されます。

来館者が参加の余地を見つけられる、
統制しすぎない空間

真兵 また、様々な人が参加する余地があることも、ルチャ・リブロという共有空間の特徴です。空間を統制しすぎないことにより、訪れる人が自ら参加の余地を見つけ、空間に手を加えていきます。

海青子 空間や本を無料で提供していると、「何かお礼がしたい」と言って、自主的に自分でつくったものを持ってきてくださる方がたくさんいます。当館に置いている棚や看板もその一つです。植物を育てるのが得意な方は、「裏庭に花がないから」と言って、花を植えてくれました。得意なことでお返しをしようとするのが面白いなと思っています。すごく統一感があって美意識が行き届いている空間ではないため、そこにも余地がある。自宅ではありますが、図書館を皆でつくっているという感覚に自然となります。

真兵 岐阜の田舎に住んでいる方が草刈りをしてくれました。僕らは「このくらい草が伸びていても自然に囲まれていて良いな」と感じていましたが、田舎の人からすると「こんなボーボーにして」と感じる。根元から草刈りをしてもらって気づいたのが、草はすぐ生えてくるということ。やはり田舎の人は自然の驚異的なエネルギーを知っているから、感覚が全く違うのです。

常識を相対化し、
異なる考え方を発信するための様々な活動

真兵 僕の奥さんが作品をつくっているので、マルシェなどで出店する時、作品に合わせて本を選んで持っていく出張図書館もしています。そうすることで売買という関係だけではない、ある種の中間的な場所ができます。また、土着人類学研究会という研究会もしています。土着人類学は、僕が勝手に考えた言葉ですが、自然の中で生きていく力を取り戻すべきだと考えて名づけました。

京都の障害福祉団体であるNPO法人スウィングの木ノ戸昌幸さんもメンバーですが、彼の『まともがゆれる——常識をやめる「スウィング」の実験』という本はとても面白いので読んでみてください。戦史・紛争史研究家の山崎雅弘さんを招いたりして、今の僕らの常識を少しでも相対化し、異なる考え方や生き方もあることを発信したいと思い、研究会を続けています。

「ルチャとほん往復書簡」は、悩みを聞いた上で僕らが選書した本を、大和郡山にある「とほん」という本屋さんからお送りするというレファレンス企画です。本の代金と宅配便送料をお支払いいただきます。コロナ禍で様々な判断を迫られる場面がすごく多くなり、少しだけ判断を手放してもらう機会を提供したいと思いました。僕らは本を選ぶことは全く苦にならないので、どんな感じで暮らしているかという状況を手紙に書いて送ってもらえたら、それをもとに本3冊を選びます。インターネットの「note」での月一の連載「土着への処方箋」でも、お悩みを送ってもらって3冊を選び、その理由についてお答えしています。これは『彼岸の図書館』を出版した夕書房と一緒にやっていて、今後は書籍化しようと思っています。

ルチャ・リブロは伸縮し、
変化していく

海青子 現実の空間に来ていただかなくても、空間を共有できる方法がないかと考えた結果、このような企画もやるようになりました。

真兵 伸縮するルチャ・リブロと捉えて、現実世界ではなくウェブを通じて情報発信したり、参加する空間をつくったりしています。ルチャ・リブロという図書館は建物の中だけではなく、外にも拡張する。周辺環境は季節によって変化するので、それに合わせて生活も変わる。ルチャ・リブロでは変化することを前提にしていますので、真夏の暑い時にすぐ近くの川で研究会をしたこともあります。

冬の寒い時期は、築70年の隙間のある家全体を暖めるのは大変ですので、自然のパワーに勝とうとするよりは受け入れて、一部屋だけを暖めて、そこで皆がずっと過ごすことにした方が合理的です。春になって梅や桜が咲き、草木花が出てくると、図書館も開き、一部屋から二部屋、三部屋と変化していきます。

隙間や変化を許容することで、
余地をつくりだす

真兵 どうしても街だと、建築基準法などの定めがあって、空間が区切られ、社会全体でも隙間がない方が良いということになってしまいます。ルチャ・リブロは隙間だらけで、変化を前提にしているという点で、現代社会のオルタナティブだと言えます。隙間がすごくあるので、たくさんの虫が中に入ってきますが、全部の虫に対応していたら大変なので諦めるようになりました。うちには猫がいるので虫を殺してくれて、その後にアリが来て死骸を持っていくから、少し我慢すればいなくなる。時間をゆったりと持てば、自然が何とかしてくれると気づきました。

海青子 空間だけでなく、そのような時間感覚も一緒に共有している感じです。ここに来ると時間がゆっくりになる。それを体感するために定期的に来てくれる人も多いのかなと思います。変化することが前提ですので、『彼岸の図書館』や『山學ノオト』の中でも、私たちの考え方や意見は割と変わっていきます。本の中で一貫していないといけないという考え方もあるとは思いますが、変化していくことを許容する。そうすることで、読んでくれた人から「気が楽になった」と言ってもらえる。こうした考え方も共有していくことが、余地をつくるという意味で大事な部分かなと思っています。

  • Update: 2022.03.15 Tue.
  • Editor: 西尾咲子(プログラムマネージャー)
  • Photographer: 茶本晃生

REFERENCES

講座について

LECTURE OUTLINE

人文系私設図書館ルチャ・リブロ[青木真兵&青木海青子]

レクチャー「『共有』と『私有』を行き来する」

2021年7月25日(日) 14:00–16:00

CHISOU lab.

奈良県東部の山深い東吉野村で自宅を開き、「人文知の拠点」としてルチャ・リブロを展開してきた青木真兵さんと海青子さんから話を伺いました。私たちが生きる社会や日常の「当たり前」を問い直すこと、「共有」と「私有」のどちらかではなく両方を往還すること、空間を統制しすぎないことにより訪問者が自ら参加できる「余地」を見つけられること、「働く」とは対価を稼ぐことではなく社会に対して「働きかける」こと……お二人の柔らかな言葉と実践から、共有空間について思考を深めるための気づきを得ました。

人文系私設図書館ルチャ・リブロ
青木真兵&青木海青子

奈良県吉野郡東吉野村にある、図書館、パブリック・スペース、研究センターを内包する「人文知の拠点」。歴史や文学、思想、サブカルチャーなど人文系の蔵書約3000冊を貸し出す。話をどんどん先に進めるよりも、はじまりに立ち戻るような、そしてそのはじまりが拠って立つところをも疑問視するような場所。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」を配信。

青木真兵(キュレーター/古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者)
1983年埼玉県生まれ、奈良県在住。
青木海青子(司書)
1985年兵庫県生まれ、奈良県在住。